研究内容
これまで、Dll4が、Dll1に比較し、効率的なNotch1シグナル発動能を有することを、我々も含めて、示してきましたが、その分子機構については不明です。
Dll4分子は、Dll1と異なり、Notchリガンド(NotchL)の重要な共通構造であるDOSモチーフを有しておらず、これを含むDOS領域が、両分子の機能的差異を生み出していると考え、それをDll4/1間で置換したキメラ分子をそれぞれ作製し、その機能について調べてきました(図1)。
その結果、Dll4のDOS領域は、Dll1分子内ではまったく機能せず、Notch1シグナル誘導能が消失することがわかりました。一方、Dll1由来のDOS領域(DOSモチーフを有する)は、Dll4分子内でも機能し、それを含むDll4変異体は、野生型Dll4に比べ、明らかに強い活性を発揮しました。これらの結果は、Dll分子におけるDOSモチーフの重要性を示したものの、Dll4の機能的優位性については、DOS領域以外の部位が重要であることを意味しました。
そこで、これまで機能的意義が不明瞭であったDll分子N末(MNNL)領域に着目し、先と同様にキメラ分子を作製し、その機能を調べています。その結果、Dll4分子のMNNL領域がきわめて機能的に重要であることが判明し、逆に、Dll1分子のMNNL領域はほとんどその機能に寄与していないことが示唆されました。
以上の結果は、2つのDll分子は、少なくともNotch1を介したシグナル発動に際し、それぞれ異なる領域を中心として機能していることを示しています。この結論は、これまでのNotchリガンド研究からはまったく想定されてこなかったものであり、より詳細な分子機構の解明が待たれます。
現在、Notch/NotchL間の結合状態をシミュレートすべく、高分子結合モデルの策定を急いでおり、この領域への新たな貢献が期待されます。
我々は、NotchシグナルによるT細胞分化決定の分子機構を明確にするため、T細胞分化能を有する造血未分化細胞株の樹立を試みてきました。
既報を参考に、B細胞分化に必須の転写因子:Ebf1遺伝子欠損マウスより、IL7/SCF/Flt3L存在下にpro-B細胞株の樹立を試み、Dll4による誘導されるNotchシグナルを受容し、T細胞へ分化可能な細胞株(pro-B(+)細胞)を樹立しました。
一方、培養条件の細かな違いにより、分化能を持たない細胞株(pro-B(-)細胞)を、同時に樹立することができました。
両細胞の遺伝子発現プロファイルを比較することにより、T細胞分化能の保持に重要な候補遺伝子を抽出し、そのうちの1つであるLmo2遺伝子を、pro-B(-)細胞へ強制発現させることにより、pro-B(-)細胞にT細胞分化能を付与できることが明らかになりました。
この結果は、未分化造血細胞におけるT細胞分化能の維持にLmo2が重要な役割を担うことを示しています。
現在、Lmo2によるT細胞分化能維持の分子機構について、詳細な解析を試みています。
現在、Lmo2の下流標的分子として、細胞生存の維持にBcl11a/Bcl2系が、またT細胞分化誘導にTcf1が想定されるデータを得ており(図2)、こうした分子との関係を念頭に、その詳細な分子機構を解析中です。
免疫系におけるNotchシステムの意義についての研究は、我々が見出した胸腺でのT細胞分化決定以外にも、数多く報告されているが、その多くはNotch受容体とそのシグナル伝達系の重要性について論じたものであり、NotchLの発現やシグナル発動部位などの情報が不明瞭です。すなわち、Notchシグナルが「いつ、どこで、どの細胞に発動するのか?」との視点が欠落しています。
我々は最近、胸腺以外の免疫関連組織の中で、粘膜関連リンパ組織であるパイエル板にて、①NotchL:Dll4が、B細胞領域を中心に、特に濾胞樹状(FDC)細胞に発現すること、②Notch1細胞内断片(Notch1活性化体、N1ICD)が、Foxp3陽性制御性T(Treg)細胞に高頻度に認められ、Notch1シグナルが発生していること、③Notch1遺伝子欠損マウスのみならず、Dll4遺伝子欠損マウスでも、上記したN1ICDが消失することを見出し、Dll4/Notch1の結合によって一部のT細胞にNotchシグナルが生じていることを明らかにしました。
そこで我々は、その生理的意義、特にパイエル板にて特徴的に産生されるIgAと、その多様性を担保する濾胞ヘルパーT細胞(Tfh)における役割に注目し、Notch1遺伝子およびDll4遺伝子の誘導型欠損マウスを用いて、解析しています。現在、Notchシグナルは複数の系列から1つの細胞系列を決定する際に機能することが多いことから、ヘルパーT細胞の機能分化を制御する可能性を仮説として提示し(図3)、それを検証しています。